NHK 第136回 日出づる処の天子より :抜粋
〜聖徳太子、理想国家建設の夢〜

 



出演者:松平 定知 アナウンサー
スタジオゲスト:堺屋太一氏(作家)
        VTR出演者:舘野和己氏(奈良女子大学教授)


番組概要 その時=607年(推古15年)7月3日 倭国が2回目の遣隋使を派遣

「日出ずる処の天子、書を日の没する処の天子に致す」、中国の大帝国・隋の皇帝を激怒させた
この国書は、倭国(日本)の聖徳太子が遣隋使に託した、対等外交の宣言であった。
しかし挑発的な文言にもかかわらず、隋はやがて倭国との対等な国交を認めざるを得なくなる。
この奇跡のような展開こそ、聖徳太子による国家整備と外交戦略が結実した瞬間だった。
当時、古代国家・倭は、豪族たちが相争う混乱のさなかにあった。
権力争いに奔走する豪族たち。戦乱に民は困窮する。さらに新たな超大国・隋の誕生は、
東アジアに脅威を与え、倭国も対応を迫られていた。
この危機に立ち上がったのが、仏教、儒教を学び、慈悲と倫理に基づく理想国家建設の夢を
抱いた若き皇子、聖徳太子だった。
推古天皇の摂政となった太子は、わずか10年あまりで官僚制度と憲法を作り上げ、
中国、朝鮮に伍する国家・政治体制を確立する。それはやがて、東アジアの小国・倭が隋に
対等外交を認めさせるという奇跡を呼ぶ。
番組は、慈悲と倫理を重んずる理想国家建設を目指し、やがて世界に通用する国家の枠組み
を作りあげた天才政治家・聖徳太子の奮闘を描く。


番組の内容について

「聖徳太子」という名称について
「聖徳」は、没後に与えられるおくり名です。生前は、「厩戸王子(うまやとのみこ)」と呼ぶのが、
学術的には正確です。しかし今回の番組では、広く一般に親しまれていることから「聖徳太子」
の名称を使いました。
また、「推古天皇」や「用明天皇」についても、6世紀末から7世紀初頭では、「推古王」「用明王」
と呼ぶのが学術的には正確です。しかし、これらも上記と同じ理由から、「推古天皇」「用明天皇」
の名称を使いました。
冒頭で、「倭国は当時、大王(おおきみ)と呼ばれた天皇と、有力な豪族によって統治されていた」
と紹介したのは、このことに対するお断りです。

聖徳太子の業績について
聖徳太子の業績については、さまざまな説があります。
今回の番組では、基本的に「日本書紀」の記述にしたがい、そのほかに幾つかの史料を使って
構成しました。また、番組で紹介したことがらについても、聖徳太子一人の業績ではなく、
蘇我馬子との共同作業であった部分も多いかと思われます。この点につきましては、西暦593年に
聖徳太子が「摂政」に任じられた時のシーンで「蘇我馬子とともに政治を担うことになった」と紹介し、
あとは割愛することにしました。

聖徳太子の決意が刻まれている石碑
愛媛県松山市の道後温泉(椿の湯)に建っています。「伊予国風土記」によりますと、聖徳太子は
596年に道後温泉を訪れ、碑文を建てたと記されています。
その時の碑は、現在は残っていませんが、道後温泉に建てられている石碑に、その文章が
刻まれています。番組で紹介した言葉は、以下の通りです。
「太陽や月は、天上にあって、大地をあまねく照らす。政(まつりごと)をおこなう者が、太陽や月の
ようにあまねく国を照らすものとならなければ、幸福な国を創ることはできない。」

隋の誕生について
隋の建国は西暦581年、中国統一は589年です。したがいまして、これらのできごとは、
聖徳太子が摂政となる593年より幾分前のことになります。
しかしながらここでは、聖徳太子が摂政となった時をもってVTR−1の終わりとし、
「二度目の遣隋使派遣の14年前のこと」と紹介しました。

聖徳太子が飢人に出会う場面
のちの世に書かれた「聖徳太子伝暦」から紹介しました。「日本書紀」にも、飢え人との出会いが
記されていますが、記述内容は異なります。飢人と出会った聖徳太子が語ったと伝えられる言葉は、
つぎのように紹介しました。
「かわいそうに。どんな境遇の人なのだろう。この道ばたで行き倒れた人は。」

西暦600年の遣隋使について
この年の遣隋使については、中国側の記録(隋書)のみで、日本側には記録はありません。
そのためもあって、この遣隋使については、「ヤマト王権の正式な使者ではない」という説も含めて、
さまざまな説があります。今回の番組では、「隋書」にしたがって構成しました。
「隋書」に記された遣隋使の言葉は、つぎのように紹介しました。
「倭国の王は、天を兄とし、太陽を弟とする。王は、兄である天が明るくなるまで王宮で政をおこない、
弟である太陽が昇ったあとは政をしない。」
一方、隋の文帝の言葉は、つぎのように紹介しました。
「これ、大いに義理なし。教えて、これを改めしむ。」
(倭国の政治は、まったく道理にかなっていない。教えて改めさせよ)

憲法十七条の内容について
全文については、以下の文献をご覧ください。
「日本書紀(四)」坂本太郎・家長三郎・井上光貞・大野晋校注(岩波文庫)
「日本書紀A」小島憲之・直木孝次郎・西宮一民・蔵中進・毛利正守校注・訳者(小学館)
「聖徳太子」坂本太郎著(吉川弘文館)
「聖徳太子と憲法十七条」花山信勝著(大藏出版)

番組内で紹介した内容は、つぎの通りです。

「官人は朝早く出勤し、夕方は遅く退出せよ。」(8条より)

「官人たるもの、貪りを絶って、欲を棄て、民の訴えを公正に裁かなければならない。私利私欲や
賄賂によって、判断を誤るようなことは、官人にあらざるおこないである。」(5条より)

「すべての官人は、礼の精神を根本とせよ。上に立つ官人が礼をもてば、世が乱れることはない。
官人に礼あれば、民も必ず礼を守り、国家は自ずと治まる」(4条より)

「篤く三宝を敬え。三宝とは、仏、経典、そして僧である人間は極悪の者はまれである。
教えられれば道理にしたがうものである。仏の教えを篤く敬えば、よこしまな心やおこないを正す
ことができる」(2条より)

「和を以て貴しと為す」(1条より)

「こころのいかりを絶ち、人と違うことを怒らざれ。人みな心あり。われ必ずしも聖にあらず。
かれ必ずしも愚かにあらず。共にこれ凡夫。
ここをもちて、かの人いかるといえども、かえりてわが失ちを恐れよ」(10条より)


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